◆半年ぶりの北海道

 2004年(平16年)5月中旬に海外旅行に行っておきながら、帰国後に早くも北海道に行くことにな りました。正確には2004

年に入って早々に計画していたので、予定されていた旅行なのです。(;´∀`)

 さて今回からは@嫁が加わります。今までの一人旅ではなく、二人での旅行となってしまいました。出かけることが出来るだけまだ幸せな身分なのでしょうか。2003年11月の旅行からわずか半年。仕事はどうした?

 なにはともあれ北海道に向かいました。

>>旅行期間:2004年6月2日(水)〜6月6日(日)

2004年6月2日(水)

◆女満別へ

 ハワイ旅行後半で風邪をひいてボロボロ状態で帰国。日本に向かう飛行機の便所の中で気を失いかけるぐらいに体調はボロボロだった。帰宅後ぶっ倒れる。余韻もあったものではなかった。それでも帰国後2日ぐらいで体調は元に戻り、北海道旅行に向けてテンションが上がって行く。

 6月2日(水)、実家を出て大阪空港に向かう。もろもろの事情により 、しばらくの間は結婚後も各自の実家に居候となっていたので、空港で@嫁と合流することになっていた。9時前に空港に到着。知る人ぞ知る『オアシス』という食堂できつねうどんを食べて軽く腹を満たす。

 9時45分頃に@嫁と合流。今回は@嫁のバースデー割引を利用しての北海道旅行なので@嫁名義で予約している。インターネット予約だったので@嫁名義のクレジットで支払いとなる。さて二人して自動チェックイン機の前に行くと、@嫁が「キャッシュカードを忘れた」と言う。(゚д゚)ハァ? 飛行機出発まで30分切っていますが?

 急いでカウンターに移動してチケットを発行してもらう。10時頃に手荷物チェックを受けて搭乗口に急ぐ。元JAS航路だった女満別便なので搭乗口が遠い。搭乗したのは最後だったかもしれない。10時15分、JAL 2103便は定刻通りに大阪空港を離陸した。( ´∀`)=3 ホッ

 大阪上空で旋回して高度を稼いだJAL2103便は北東に向かって飛行を始める。今日は快晴で雲下の地表や山々がよく見える。窓から中央アルプス山系の山々が見えた。遠くに富士山も見える。地表を流れる川から察するに信濃川だろう。ということは長野県上空を飛行しているようだ。

 やがて雲の上を飛ぶ。地表が見えないのでしばらく寝る。目が覚めたら、雲が切れていた。ちょうど海岸線から太平洋上に出るところだ。しばらく太平洋上を飛んでいたが、やがて左側に陸地が見えてきた。北海 道である。突き出た岬は襟裳岬だろう。

十勝沖の海上を進み、やがて釧路上空を通り過ぎると着陸サインが点滅。機は着陸態勢に入った。

 徐々に高度を下げる機。窓から屈斜路湖が見えた。中島を右に見ながら進んだので、弟子屈上空から美幌峠上空付近を通過して女満別空港に向かったようだ。やがて女満別周辺の丘陵地帯に広がるパッチワークのような畑を見下ろしながら、機は徐 々に高度を下げ、やがて『ズシンッ』という震動と共に滑走路に着陸した。12時15分頃、JAL2103便は無事に女満別空港に到着。去年10月末以来の北海道である。

【写真】女満別空港に着陸。ターミナルは工事中だったのか、タラップで下りて徒歩でターミナルへ移動。

タラップで飛行機から下りたのは石垣空港以来かな?。

◆掩体壕

 予約しているレンタカー会社の送迎車に乗り込んで、空港向かいのレンタカー会社に移動する。レンタカーを借りてから空港ターミナルに戻り、ラーメン屋で「オホーツクラーメン」を食べる。 女満別空港に降り立った時のいつもの行動パターン。まずは腹ごなしである。「オホーツクラーメン」は海の幸どっさりのバターも入ったラーメン。1200円もするが、結構ボリュームもあって全部平らげるとお腹一杯になる。(゚д゚)ウマー @嫁の残した分を含めて1.2杯ぐらい食べただろうか。

 13時過ぎに空港を出発。このまままっすぐに弟子屈には向かわず、まずは女満別周辺をウロウロすることにした。今回の旅の目的は『掩体壕巡り』である。今年(20 04年)2月に大阪府八尾市の掩体壕を見てから興味を持ち、調べてみたら北海道にもいくつか残っているという。いずれ崩れてしまったり撤去されてしまうモノなので、是非とも見に行きたくなり旅行を企画したようなものなのだった。

 その最初となるのが女満別空港近くの掩体壕。現在の女満別空港は1985年(昭60年)4月に開港した新しい空港。以前の女満別空港は現空港より少し北東に位置しており、旧空港の前身となったのが何を隠そう旧帝国海軍航空隊美幌基地。その関係で空港周辺は掩体壕やかつての基地施設が残っているそうだ。

 さて掩体壕は空港からr64(道道 女満別空港線)を網走市街方向に向かって3分ほど走った所にあった。酪農家の牛舎横に独特の形をした掩体壕があった。空き地に車を止め、車から降りて@嫁をほったらかして撮影モードに入る。これは有名な掩体壕で、今

は資材置き場と広告塔(?)として使用されている 。こんなに近くにあるので、ツーリングの途中に前を通ったライダーも多いだろう。

 女満別の掩体壕はここだけではなく、実はもう一つ掩体壕がある。近くで作業をしていた農場の方に話を聞くとすぐ裏手にあるとのこと。立ち入りの許可を頂き裏手に回る。大学の建築科やコンクリート関係の研究者などが 時々尋ねてくるらしい。コンクリートの研究者や建築学的には大変貴重な建造物なのだ。

 裏手に回る。とうもろこし畑の横に小高い丘がある。なんとなく不自然な丘である。実はこれがもう一つの掩体壕。正面に立つと独特の形をしたコンクリートがあったので間違いない。入口は草木で遮られている状態なので、内部に入ることはできなかった。内部は資材置き場だったようだが、ここ数年整理などはされていない様子だ。落ち葉が積もり草木が内部に浸食してきているなど荒れ放題となっていた。

 建設されてからかれこれ60年近く経過しているのだが、今だに健在というのが凄い。専門家や研究者が調査に来るのも納得できる。この他に掩体壕が一基、それに美幌基地の地下壕・防空壕などの施設があったそうだが、現空港の建設に伴い撤去されたり埋められてしまったとか。周辺では時々謎の陥没事故が起こるそうだが、ほとんどがこれら旧軍の地下施設が原因らしい。今でもどこかに残っているのかも知れない。 

【写真】これが女満別の掩体壕。これは結構知られている。

正面天井部分(?)が窪んでいるのが海軍掩体壕の特徴。

◆『ましゅまろ』へ

 掩体壕撮影後、道道を走ってR334に出る。さらにr102(道道網走川湯線)に入り川湯温泉方面に向かう途中で芝桜公園に立ち寄る。名前の通り芝桜の名所である。

 ちょうど今頃(5月下旬〜6月上旬)が芝桜満開の時期。訪れて見たら満開を少し過ぎたぐらいの時期のようだ。それにしてもとにかく凄い風景だった。丘の一部に白色があるが、ほとんどがピンク一色という状態。その中に緑色の木々がポツンと立っている。神社の鳥居までピンク色になっている。(これはやりすぎだと思うが・・・)

 それまで緑色中心の風景を見ていたので、このピンク中心の世界は刺激が強すぎたようだ。しばらく見ていると目がチカチカしてくる。花を近くで見る分には問題ないと思うのだが、遠くから見るのは少ししんどそうな風景だ。

 その芝桜を近くで見るためにはゲートを越えて有料の公園に入る必要がある。普段は無料らしいが、公園はこの期間中だけは有料だそうだ。本当は公園内にある温泉に行こうと思っていたのだが、入浴料に加えてさらに入場料を支払うのがもったいなくなってきた。

 また山腹一面に広がるピンク色の芝桜を眺めていると眼がおかしくなってきた。ここに1時間以

上いれば頭痛がしてきそうだ。これはあかんと、長居せずに芝桜ソフトを食べて後にした。

 r102で川湯温泉街に抜け、民宿『ましゅまろ』には16時前に到着した。@嫁は寝るということなので、私1人で川湯温泉公衆浴場に向かう。ここは何年経っても変わらない、昔ながらの公衆温泉浴場のままであるのがうれしい限りだ。他にも川湯温泉駅や温泉街に『足湯』も出来ており、いろんな湯を楽しめるようになっている。これも時代の流れだろう。

 17時半頃に宿に戻る。北海道ツーリング中のライダーが2人来ていた。1人はセロー。もう1人はあめふらし@管理人と同じZRX1100。いいなぁ。バイクで走りたい・・・。(´・ω・`)ショボーン  ライダーの血が騒ぐあめふらしでした。

【写真】芝桜公園。こんなピンク色の世界が広がります。(;´∀`)

★北海道の風景(1)

 

『●●さん前』バス停という感じで、バス停に家の

名前が付きます。(名前は消しています。)

川湯温泉公衆浴場。ひなびた感じが良い感じを

漂わせています。お勧めの温泉。ヽ(゚∀゚)ノ

源泉の近くに出来た足湯。こちらも源泉で良いお

湯が出ています。

川湯温泉駅構内にも足湯が出来ました。

列車を待つまで足湯でのんびりとできます。

駅前に熊出没!(;゚Д゚) いえいえ、これは彫刻で

す。

あちこちから硫黄ガスが噴出している硫黄山。

ここの温泉卵はめちゃ美味しいのです。

2004年6月3日(木)

◆掩体壕 その2

 昨日は疲れていたようで、宴会が終わって布団に入るとすぐに寝てしまい、「朝ご飯ですよ〜」と宿主さんが呼びに来られるまで熟睡していた。

 朝食の後、出発準備。この間にセローライダーさんが出発してしまい、もう1人のZRXライダーさんを見送ったあと出発する。今日も『ましゅまろ』泊なのでゆっくりと 道東観光である。

 が、観光を始める前に寄る場所があった。 野付郡別海町計根別である。ここにも掩体壕が残っているのだ。R243からr13(道道中標津標茶線)へスイッチ。このまま進めば中標津市街へ向かう。この沿道に掩体壕が残っているそうだ。この道は以前も何度か走っているのだが、全く気づかなかった。

 計根別には旧陸軍の飛行場が5箇所建設された。滑走路はそれぞれ離れており、連絡路で結ばれていたとのこと。うち3箇所は畑や草地に戻ってしまった が、2つは今も残っており、1つは航空自衛隊計根別飛行場として、もう1つは『計根別フライトパーク』(の一部)となっている。掩体壕は旧飛行場のものがそのま ま残っているのだ。

 r13を東に進む。どこか分からず交差点毎に止まって周りを見渡す。何箇所目かの交差点に止まると、北東方向に独特な形をしたコンクリートの建造物があるのに気づいた。掩体壕 である。草地の中にほぼ完全な形で残っていた。少々興奮して撮影する。さらにこの掩体壕のr13を挟ん

だ南西方向にも2基の掩体壕があった。こちらは畑の真ん中付近にあるので、近づくことができず遠くから撮影。一度に3基もの掩体壕を撮影することが出来るとは思わなかった。

【写真】計根別の掩体壕。こちらは陸軍用。ほぼ完全な形で残っている。

◆道東観光ドライブかな・・・?

 女満別と計根別の2箇所の掩体壕を撮影。これだけで今旅行は終わったようなものだ。さて帰ろう・・・ヘ(^o^ヘ)★\(_ _;)

・・・とならないのが家族旅行。@嫁だけだが、自分の趣味だけでウロウロするわけにはいかない。道道を西に向かい、R391に入り釧路に向かう。でも思いっきり自分の趣味(道ネタサイトのネタ集め)だったりする。(;´∀`) 

 その途中で 釧路湿原を見下ろす展望台に立ち寄る。たまたま『展望台』という標識に気が付いて何気なく入ったのだ。駐車場からしばらく歩道を歩く。途中の分岐を左へ向かう。右に向かうとすぐにサルボ展望台に着くのだが、少し遠い(500mほど)サルルン展望台に向かった。

しばらく細くて勾配のある遊歩道を歩く。やがてサルルン展望台に到着。眼下にサルルン沼と塘路湖を一望出来る。サルルン沼と塘路湖の間に はR391とJR釧網線の線路が通っている。今日は快晴なので素晴らしい眺め が広がっていた。「ここに列車でも走ったら良い写真が撮れるんだろうなぁ〜」と思っていたら、運良く線路をキハ54の単行が走って 来た。一眼レフを持って来なかったのが悔やまれるが、とりあえずデジカメで撮影することができた。あとでネットで調べてみると、ここはSL『冬の湿原』号の好撮影ポイントだとか。展望台に段差が付いていたのはそのためだったのか。納得。

 駐車場に戻りR391を淡々と南下。R44交差点手前約2kmまで原野の中を走っていたのが北海道らしい。R44に入ってから釧路市街へ向かう。13時頃、 釧路駅近くにある『和商市場』に到着。『和商市場』と言えば北海道ツーリングでの定番ポイントの一つだが、バイクツーリングで何度か釧路に来ているものの一度も訪れたことがなかった。『和商市場』を訪れるのは今回が初めてである。

 『和商市場』内にはいくつもの店があり、それぞれの店で好きな食材を選んでオリジナルの「勝手丼」を作って食べることが出来る。 市場内にある商店の一つで「ウニ・いくら丼」と「ホタテ・サンマ丼」を注文。アツアツのご飯の上に新鮮な具を載せてできあがり。店の隅にある食卓に座って食べる。これがうまい。ウマ━━━(゚∀゚)━━━!!!!! 

 これで1200円くらい。観光に来ているという開放感もあってか安く感じる。大阪ではこんな新鮮な食材が載った丼をこの価格で食べることは難しい。(不可能ではないが値段が高い) なんか得した気分だ。満腹になって市場を後にする。

【写真】サルルン沼(手前)と塘路湖(奥)の間を走るキハ54。

単行でのんびりと走って行きました。

■和商市場

 釧路駅近くにある市場で、創立は1954年(昭29年)のこと。もともとはリヤカーで新鮮な魚介類を売っていた個人行商人の集まりで、始まりは露天商だったそうです。1955年(昭30年)9月に店舗が出来て現在の形になったとか。

 店内には、鮮魚・精肉・青果・珍味・お菓子・パン屋・お茶・衣料品などの数多くの個人商店が店を構えています。市場内を歩くとあちこちで威勢の良いかけ声が聞こえてきます。

 ここの名物はなんと言っても「勝手丼」。いくつかのお店ではご飯の上に、いろんな具をトッピングしてオリジナルの丼を食べることができます。ご飯は丼で120〜300円。これに各自で好きな

具を注文して乗せて行きます。食材にもよりますが、100g単位か切り身で注文できます。ウニ・イクラ・鮭・ホタテ・エビ・サーモンなどなど新鮮な食材が沢山あって選ぶだけでも一苦労です。全部でおおよそ1000〜1500円くらいです。

 「勝手丼」の始まりは1990年頃までに遡ります。市場内のとある鮮魚店の主人が、市場内にたくさんの新鮮な食材があるにもかかわらず、お金がない貧乏旅のライダー達に、市場内の総菜屋でご飯だけ買ってこさせて、その上に新鮮な海産物を少しづつ載せてあげたことからだそうです。

 この話は北海道を駆けめぐるツーリングライダーや旅人の間に瞬く間に口コミで広がり、やがて

一般旅行客までが知ることになり、今では団体観光のお客さんまでが押し寄せる和商市場名物「勝手丼」として定着したのです。北海道ツーリングの定番ポイントとして有名な訳はこういう経緯があったのです。

 市場内には食事処や弁当屋もあるので、「勝手丼」でなくても美味しい食材を食べることができます。ツーリングだけではなく、

旅行でも訪れることお勧めです。釧路駅に近いので、列車待ちの合間に訪れるのもいいかも知れません。

>>和商市場(わしょういちば)(HP

所在地:釧路市黒金町/電話:0154−22−3226

営業時間:午前8時〜午後6時/定休日:日曜日

・アクセス

JR釧路駅前から歩いて5分ぐらいです。駅を出て帯広方向に歩くとすぐ左側に建物があるので分かります。

バイク・車の場合、R38から北大通りに入りJR釧路駅前へ。駅前で左折して少し走ると左側にあります。134台収容の地下有料駐車場があります。(市場内で買い物された方は1時間無料)

【写真上】和商市場正面。すぐに分かります。コンビニがあるのは時代の流れでしょうか。

【写真下】:「おかずや田村」さんで作った勝手丼。贅沢してます。(゚∀゚)

◆『六花亭』を探せ!

 和商市場を出た後、有名な『六花亭』 の釧路店に向かうことにする。観光案内図で場所を確認して移動する。春菜湖近くにあるという。釧路市街を通り春菜湖近くまで来たが、それらしき建物はない。ショッピングセンターがあったので入ってみる。『六花亭』はあることはあったがテナントだけで商品を置いてあるだけ。喫茶室などはない。

 そこで場所を聞けば良かったのだが、聞かずにショッピングセンターを出て探しに向かう。春菜湖から離れて急勾配の坂道を上って市街地から高台に広がる住宅街に入り込む。しばらく町中を走り坂を下り、春菜湖沿いに戻りウロウロする。しかし住宅街やアパートの中をウロウロするだけで 『六花亭』は見あたらない。

 諦めて帰ろうと、高台から市街に向かう道にはいると沿道に『六花亭』があった。あっけなく見つかった。先ほどのショッピングセンターのすぐ上、センター前の道を走り急坂を上った所にあったのだ。┐(´ー`)┌ この40分ほどの時間はなんだったのだろう?何はともあれ、『六花亭』に入っておやつとした。

◆道ネタ集めの旅

 『六花亭』を出た後、釧路市街を抜けてr53を北上。温泉に入ろうかと思ったが、昨日の疲れが残っているのか@嫁の体調が悪いということなので温泉はパス。さりとてこのまま帰るのも面白くない。

 ならばと15時半過ぎから趣味の世界に入る。(;´∀`) 道ネタサイトのネタ集めということで、R274の調査を始める。(^^;) 現在進むことが出来る西の端点まで走り、そこから標茶まで引き返した。その距離約60km。対向車と会ったのは数台。ほどんと無人の地域を走るため、農家も何もなかった。北海道らしい風景といえばそうなのだが、道を造る必要があるのだろうか。それにし

ても、旅行中にこういうことをしても文句言わない理解ある@嫁に感謝。m(_ _)m

【写真】道ネタ集めが終わる頃に夕暮れとなった。

正面の山は雄阿寒岳で、左端が雌阿寒岳と阿寒富士かな?

◆晩の摩周湖

 18時半過ぎに『ましゅまろ』に帰る。本日は私ら2人のみで貸しきりだ。食後、21時前に宿の車で摩周湖第三展望台に移動する。今晩は晴れており満月が湖面に映るというので見にいった。昼間の摩周湖は何度か見たが、晩の摩周湖は全く違う姿を見せている。湖面に月が映っており、それが神秘的・幻想的な光景となっていた。゚+.(・∀・)゚+.゚イイ!!

 帰宿後、あれこれと宿主と話したのち、日付が変わる頃に寝た。明日は移動である。

★北海道の風景(2)

 

1989年(平元年)4月末で廃止された標津線

跡。簡易駅(?)がありましたが駅名は不明。

計根別の掩体壕近くでこういう風景に出会いまし

た。北海道らしい風景。ヽ(゚∀゚)ノ

道東のあちこちで見られる『牛横断注意』の標識。

標識にはいろんなバージョンがあります。

サルルン展望台から見た風景。手前がサルルン

沼で左奥が塘路湖。あと小さな沼があります。

R274走行中に撮影。こんな場所を国道は通って

います。必要あるの?

2泊3日した民宿『ましゅまろ』。お世話になりまし

た。次はバイクで訪れたいなぁ・・・。

2004年6月4日(金)

◆美瑛へ移動

 朝7時半、またもや宿主さんの「朝ご飯ですよ〜」で起こされる。熟睡していた。すぐに下りて朝食。娘さんはすでに学校に出かけていなかった。さて今日も朝から快晴。このまま連泊してダラダラとしたかったが、今日は美瑛に移動しなくてはならない。荷造りしてから宿主夫妻とあれこれ話して記念撮影してから『ましゅまろ』を出発する。来年は1人で・・・ 、いやいや2人で来ることが出来るだろうか。お世話になりました。m(_ _)m

 弟子屈からR241で阿寒湖に向かう。先行車がいないのでマイペースでどんどん進んでいった。この日はやたらと89式装甲車を始めとする陸上自衛隊の車両とすれ違う。演習があるので移動しているのだろう。

 11時過ぎにオンネトー到着。車を止めてオンネトー湖岸周遊道を歩く。全長約1.4kmの歩道なのだが、人1人が通れるぐらいの幅しかない。周囲は歩道周辺以外はほとんど人の手は入っておらず自然のまま。オオサクラ草なども咲いていた。快晴でオンネトーの湖面はエメラルドブルー色を呈していた。

 オンネトーを後にして足寄に出る。 芽登からバイクツーリングの時にショートカットしてよく利用していたr468(道道清水谷足寄線)でR273に出て糠平に向かう。疲れてきたので糠平で@嫁と運転を交代。こういう時は2人で来て良かったと思う。快晴のR273を@嫁運転の車で走る。バイクだったらさぞかし気持ちよいだろうなぁ〜。(´・ω・`)ショボーン

 三国峠のパーキングで休憩と昼飯。その後、層雲峡まで@嫁に運転してもらう。層雲峡から自分で運転する。愛別から裏道で旭川市街をパスするルートを通る。これもバイクツーリングの時に 開拓したルート。道東から三国峠もしくは北見峠経由で美瑛に向かう時は必ず通るルートなのだ。

 旭川空港近くを抜けてR237に出るが、交通量の多いR237は走らずにR452を選択する。こちらも旭川から美瑛に向かう裏道の一つ。ほとんど車が走っていないのでストレスなく走ることが出来るのだ。全通したらそうはいかないだろう。

 美瑛の丘を少し巡って、定宿である『星の庵』には17時半頃に到着。オフシーズンだったので、栃木から来たライダー夫妻と

兵庫からの旅人、それと私ら。本日は5名だけだった。アットホームな感じのまま宴会に突入となった。

【写真】オンネトーの遊歩道にて。写っているのは@嫁。

★北海道の風景(3)

 

ツーリングライダーではなく、陸自偵察隊のバイ

ク。演習で移動中なのです。

オンネトーにて。快晴で雌阿寒と阿寒富士がはっ

きりくっきり見えました。

遊歩道のあちこちで咲いている「オオサクラソウ」。

綺麗な花です。

オンネトー周遊遊歩道はこんな道。熊が出てきて

もおかしくないですね。

久々に訪れた三国峠。な〜んも変わってなかった

です。

日没前に美瑛の『星の庵』に到着。隣のジャガイ

モ畑は耕している最中でした。

2004年6月5日(土)

◆白金温泉

 昨晩は日付が変わる頃まで宴会で、終わるとそのまま寝た。朝7時半、目が覚める。空は曇っており今ひとつの天気だ。特に予定はないので、朝食後ダラダラと過ごす。ライダー夫妻を見送った後、美瑛周辺をウロウロしようということになり出発。特に目的地はないので、白金温泉に向かうことにした。

 先に白金温泉の山寄りにある野鳥観察園に立ち寄ったが、鳴き声はすれども姿は見えず。森林のどこに野鳥が居るのか分からず、野鳥の姿を見ることなく観察園を後にした。

 吹上温泉方面に向かうが、落石のため通行止めとなっていたので望岳台に向かうことにした。美瑛付近に来るようになってから、かれこれ7年ほどになる。この間、美瑛にはほぼ毎年来ているのだが、望岳台を訪れたのは初めてだったりする。駐車場から少し歩いた碑の前で十勝岳をバックに記念撮影。6月とはいえ、山々にはまだ雪が残っている。十勝岳のみは雪ではなく、噴煙をはき出して堂々とした雄志を見せていた。

 白金温泉に戻り、大雪山白金観光ホテルの湯に入る。通常入湯料1000円なのだが、「とほ」割引クーポンを使ったので600円で入ることが出来た。(「とほ」は400円なので、「とほ」の代金

も回収したことになる。) さて、温泉に入った時間が早かったため、私以外には誰もいない。貸し切りだ。(・∀・)イイ!! 茶褐色の温泉につかり、内湯・露天共々十二分に楽しむ。@嫁によると、女湯も貸し切りだったそうだ。

【写真】望岳台から見た十勝岳。噴煙を上げています。

◆ダート散策

 白金温泉を出てから、温泉からさらに奥地に進む道を走ってみる。野鳥観察園のさらに先まで進んで行くと、何もない森林地帯を2車線道が貫いていた。わざわざ作る必要があったのだろうかと疑問に思う。白金模範牧場方面へと向かうと、偶然にも大雪を一望出来る展望ポイントを見つけた。晴れた日にくればさぞ素晴らしい風景を見ることが出来るのだろう。

 牧場近くを通り2車線道を進んで行く。方向的には西(R237方向)に進んでいるようだ。このままR237に出るのも何なので、

北に向かう町道に入ってみた。道はすぐに森中に入り、2km程進むと砂利ダート道となった。管理人はかつてZRX1100で砂利ダートに突入して大変な目に遭って以来、砂利ダートは苦手となってしまったが、今回は車。車輪が4つ付いているので、よほどのことがない限りは大丈夫だ。

 しばらく砂利ダート道を進むと藤山という所に出た。丘一つ越えたようだ。少し西に進み、上宇莫別から別の町道に入る。この道もすぐに砂利ダートとなる。急勾配の1.5車線道を「ジャリジャ

リ」と音を立てながら上って行く。名無し峠を越えると俵真布という所に出た。

 あとは道道を北西に向かい、r212(道道旭川大雪山層雲峡線)で上川郡東川町に向かう。『星の庵』で聞いた喫茶店「LIFE THE GOOD LIFE」に行くためだ。ところが大まかな場所は聞いていたものの、いざ探そうとなるとどこにあるのかが分からない。しばらくウロウロしてようやく見つけ、14時半頃に遅めの昼飯を食べることが出来た。噂通りケーキはおいしかった。お勧め

の店である。

(『LIFE THE GOOD LIFE』 10:00〜18:00/火曜日休み。冬期は土日祝祭日のみ営業(〜17:00)/電話:0166-82-3475/住所:上川郡東川町東4北2)

【写真】感じの良い喫茶店「LIFE THE GOOD LIFE」。店内の雰囲気もなかなかです。(゚∀゚)

◆星の庵2泊目

 喫茶店を出ると空がかなり曇ってきた。雨が降りそうな気配なので、早めに宿に戻ることにした。それでも途中で寄り道。旭川空港東側の畑地帯へと突入して撮影ポイントを探してみるが、あまり良い場所はなかった。その後、あちこちウロウロしながら宿に向かって進んで行き、『哲学の木』に立ち寄ってから宿に戻った。宿に戻ると雨が降り出した。間一髪だった。

 今日の宿泊客は我々を含めて7名。とほ宿らしい雰囲気となった。明日の朝はパンが出るとのこと。宿泊客の女性陣が厨房に立ってパンをこねる。@嫁もパンをこねたが、さてどういうパンが

できるのやら。

【写真】@嫁がこねたパン。

★北海道の風景(4)

 

深砂利ダートの峠道を走り、名無し峠に到着。

オフバイクにはちょうど良い路面です。

畑の中にポツンと赤い屋根の家(農機具小屋でし

ょう)がありました。

2泊した民宿『星の庵』。新館も完成。奥の建物が

旧館です。

2004年6月6日(日)

◆美瑛をウロウロ

 朝起きる。朝から快晴で青空が広がる。絶好の放浪日和だが、残念ながら今日は帰阪しないとならない。実に残念だ。朝8時頃から朝食。昨晩、@嫁がこねたパンは無事に膨らんで、パンとなって食卓に並んでいた。朝食後、荷物をまとめて出発準備。その間に宿泊客は次々と出発して行くので見送る。最後に出発したのは私ら。宿の主人に見送られて『星の庵』を後にした。

 今日の美瑛は実に爽快な青空が広がっている。このまま美瑛を去るのは惜しいので、昨日回っ

た場所を回ることにした。その移動中、宿で一緒だったドリームライダーと再会。美瑛の丘巡りを

するそうだ。ドリームならウロウロするのにはちょうど良いバイクだろう。今度は自分のバイクで美瑛の丘を走りたいものだ。昨日訪れた白金温泉近くの展望ポイントに着く。そこには昨日とは全く違う景色が広がっていた。

【写真】@嫁がこねたパンは無事にパンになっていました。( ´∀`)=3 ホッ

★北海道の風景(5)

 

宿の隣にあるジャガイモ畑は耕しの真っ最中。

あちこちで耕す風景を見かけました。

美瑛の某所(というか場所忘れました)。快晴で

気持ちの良い風景が広がります。

03年10月とは全く違う表情を見せてくれていま

す。夏に向かう季節は生き生きしていますな。

「哲学の木」。美瑛の有名撮影ポイントとなってい

ます。

丘の上に建つ小屋。美瑛にはいろんな風景を見る

ことが出来ます。

白銀温泉近くの展望ポイントから見た十勝岳。

まだ雪が残っていました。

◆千歳へ

 いつまでも美瑛には居られないので、昼前に出発して千歳へ向かって移動を始める。時間的には余裕があるので、少し大回りしてR237〜R274で千歳方面に向かうことにした。混雑気味のR237で富良野市街に出るのは気分的に進まなかったので、r359で富良野へ出てから道道(斜線道路)でR237富良野市街を一気にパスする。さらにR38に出るために道道を繋いで走る。

 やがてr544(道道麓郷山部停車場線)に入る。この道もバイクでR38を走っている時に裏道として使えないかと気になっていた道である。やっと走ることが出来た。結論はZRX1100で走らなくて正解だった。道は途中から砂利ダートとなっていたのだ。ヘタれライダーなので、バイクだったら即引き返していたことだろう。アップダウンのある砂利ダート道を進んで行く。途中でオフロードバイク2台とすれ違った。やがてR38に出る。素直に富良野市街を通ってR38を走った方が時間的に早かったかも知れない。

 R38を帯広方面に進み、R237にスイッチして日高に向かう。R38分岐点から日高まで約40k

mを淡々と進んで行く。R274との交差点近くにある道の駅『日高』で昼飯。その後、R274を夕張まで走る。日曜日なので大型車は少なく淡々とマイペースで走ることが出来たが、峠を越えると単調な道が続くので少し眠たくなった。

 夕張IC近くのドライブインに入り休憩。ここで運転を@嫁に代わってもらう。夕張ICから道央自動車道に入り千歳へ。予定よりもかなり早く15時過ぎに千歳市街に到着した。早く車を返すのもなんだったので、千歳市街を目的無くぶらぶらと走り、17時前になってやっとレンタカーを返却した。走行距離は記録していなかったので不明だが、 走行距離は1000kmぐらいだったと思う。あ〜、よく走った。

【写真】ダート道道r544。ZRXでは走りたくない砂利ダートでした。

◆帰阪

 レンタカー会社の送迎バスで空港に移動。土産物を買い込む。これで北海道での予定は全て終わった。離れるのが惜しい。

 18時25分搭乗。復路で搭乗するのはJAL 2016便。B747型機だ。さて予約する時の話だが、この便の普通席はすでに満席だと言われた。この便でないと都合が悪かったので大変困ったのだが、1000円をプラスすれば『Jシート』という座席であれば空きがあるという。1000円ぐらいならと、『Jシート』を予約しておいた。どんな席なのか楽しみにしての搭乗である。

 『Jシート』の座席は機種寄りにあった。本来3列あるはずの窓寄り座席は2列になっており、そこに幅の広い座席が置かれていた。これが『Jシート』。横幅も広いが、前後の幅も広く楽々と足を延ばせるぐらい幅をとってある。座席はラクライニングシートで、めちゃくちゃ座り心地が良い。聞くところでは、徹底的に人間の体を調べ上げて作った座席だそうだ。1000円だしてこの座席なら安いものだと正直思った。う〜ん、癖になりそう・・・。海外便に充当される機体の座席は、この座席にして欲しいものだ。

 あまりに良い座り心地に、離陸してしばらくすると熟睡してしまった。目が覚めると大阪上空だっ

た。2時間弱 だった。飛行機は無事に着陸するが、伊丹は雨だった。ターミナルから出ると蒸し暑い。カラッとした北海道蒸し暑い大阪に帰ってくると、どっと疲れてしまう。

 諸々の事情で@嫁とは空港で別れる。ここから空港バスに乗り実家に向かうのだが、バスを待っている間に@嫁は実家に着いたとメールを送ってきた。ホンマ、近いのね。空港バスで泉州に向かう。22時過ぎにバス停に到着。ここからタクシーに乗り込み実家に到着したのは22時半頃だった。

 あっという間の北海道旅行だった。さて、次はいつ行けるのだろう・・・。

【写真】離陸に向かう「ピカチュウ」ジャンボ機。東京便でこれには乗っていません。

乗ったのはノーマル塗装のJAL機でした。

◆連続渡道記録更新中

 考えてみれば大学生時代の1995年(平7年)9月に初めてのソロツーリングで北海道を走り、北海道の広さと自然のすごさを実感。それから2年後の1997年(平9年)9月の北海道ツーリングで 、北海道にハマってしまい、以来毎年9月に北海道を訪れていました。

 2001年(平13年)からは他の季節の北海道を見たくなり、飛行機を利用しての北海道旅行も 加わります。北海道ソロツーリングは2003年(平15年)9月まで続き、同年10月末からの北海道旅行をもって独身身分での北海道放浪は終わりを告げ ました。

 2004年(平16年) 5月結婚。さてこれから、果たして北海道に行くことが出来るかどうか不安でしたが、このレポートにあるとおり、@嫁の理解もあって 北海道旅行に出かけています。とりあえず連続渡道記録は更新しています。ただ1人ではなく、2人ということが条件ですが・・・。それでも行けるだけ幸せです。これから先、どこまで記録を延ばせるか分かりませんが、あと3年がんばって 連続10年まではいってみたいものです。

 え?仕事?どうにかなるでしょ。(;´∀`)

【北海道旅行2004年6月編 終わり】

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