Update 2009.12.27

 

 

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■潜水艦ボーフィン(USS Bowfin/SS287)

 潜水艦「ボーフィン」は、アメリカにおいては太平洋戦争(大東亜戦争)において大活躍した米海軍の潜水艦で『真珠湾攻撃の復讐者』というニックネームで知られているが、日本にとっては昭和20年(1945年)8月22日に『對馬丸』を撃沈した潜水艦として知られている。

 「ボーフィン」は1943年(昭18年)5月1日に就役したバラオ級潜水艦の1隻。就役後は太平洋戦線で活動し、1945年(昭和20年)8月15日までの間に、軍艦・徴用された民間船を含めて多数の日本の艦船を撃沈している。

 戦後の1947年(昭22年)2月に退役するが、朝鮮戦争勃発により1951年(昭26年)7月に再就役し作戦に従事する。朝鮮戦争休戦の後、1954年(昭29年)4月に退役。その後、1960年(昭35年)1月に2度目の再就役となり、訓練潜水艦として使用された後、1971年(昭46年)12月に退役となり除籍された。

 除籍後はハワイ真珠湾に回航。第二次大戦下のアメリカ海軍における代表的な潜水艦として保存され、ボーフィンパークにて展示されている。なお、「ボーフィン」は1986年(昭61年)にアメリカ合衆国国定歴史建造物に指定されている。

●DATA

・排水量:1526t(水上)/2424t(水中)

・全長:95m(311ft9in)

・全幅:8.3m(27ft3in)

・最大速:20.25ノット(水上)/8.75ノット(水中)

・兵装:25口径5インチ砲×1/40ミリ機銃×1/20ミリ機銃×1/魚雷発射管10基

・乗員:士官6名、兵員60名

●外観

▲左舷側を見る。第二次大戦時の潜水艦だけに凸型艦橋となっている。

▲こちらが右舷側。

 バラオ級潜水艦はガトー級潜水艦の改良型で、船体構造材に高張力鋼を用いて安全潜航深度が122mとなったのが特徴。

重たくなった分だけ一部が微妙にガトー級とは寸法が違うだけである。 甲板と凸型艦橋を有し機銃があるなど、この時代の潜水艦らしい艦形となっている。

●甲板上

 艦橋の前後は甲板となっている。甲板上には、艦橋前部に20mm機銃、艦橋後部に40mm機銃、艦橋後部甲板に25口径

5インチ砲が配置されている。甲板上に艦橋やら機銃やらといろいろ配置されているのでゴチャゴチャしている感じを受ける。

これはアメリカの潜水艦に限ったことではなく、日本やドイツの潜水艦も同じよな艦形をしている。当時と今と単純に比較出来ないが、当時は標準的な艦形であり配置であった。

▲艦首から艦尾を見る。艦幅は結構狭い。

  甲板上ではためく旗で艦橋がみえずらい。

▲艦橋のシガレットデッキ上に配備された

  20mm機銃。

▲環境後部の40mm機銃。

  後部デッキに通じる階段があった。

▲後部甲板上のある25口径5インチ砲。浮上して敵商船や陸上などを砲撃す

  るために装備された。

▲5インチ砲の銃座と照準器。

 

▲艦橋後部から後部甲板を見る。やはり狭い。

▲艦橋右舷の甲板。人一人が歩けるぐらいの狭さ。

 

▲艦首甲板にあった魚雷搬入口。今は艦内への出入り口となっている。

 

●艦内

 艦内は狭い。今の潜水艦に比べると狭く感じる。艦首から艦尾に向かって歩いて行くのだが、各種機械や兵器(魚雷)が所狭しと配置され、そのわずかな隙間に人間の居住区があるという感じだった。 日本のイ号潜水艦もこんな感じだったのだろう。

 艦首から艦尾に向かって、艦首魚雷室−前部居住区−管制室−調理室−食堂−後部居住区−機関室−後部魚雷室という配置になっていた。

▲艦首魚雷発射装置。

▲艦尾魚雷発射装置。

▲兵員のベット。士官用?

▲タイプライター室。

▲居住区と機関区を隔てる隔壁。

▲いろんなバルブ。何がなんだか不明。

▲通信室。

▲通路。器械の隙間が通路という感じ。

▲食堂。士官用か?

▲厨房。とても狭いが効率よく配置されている。

▲通路沿いに一般兵のベットがあった。プライバシーなし。

▲士官用便所だったかな?一般兵とは区別されていたように思う。

▲主機関。

▲機関室。動いているときはとんでもなく暑いと思われ・・・。

【「ボーフィン」乗艦日】平成16年(2004年)5月15日

【潜水艦ボーフィン 終わり】

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